ブログを更新しました『タマゴと50余年』

 昭和30年代の終わり、私が5~6歳の頃の事だったと思います。夏休みになると毎年、母の実家に付いて行って いました。場所は、神戸市北区(当時は兵庫区)。神戸電鉄で「箕谷」まで行き、そこから神戸市バスで約40分、終 点のひとつ手前のバス停でした。余談ですが、このバスは一日に5本、朝2本・昼1本・夜2本で、「吉幾三」の歌に 出てきそうな田舎。高度経済成長の真っ只中、「町の子」である私には、まったくの別世界でした。見渡す限りの ”田んぼ”と”はたけ”。そこには時間さえユックリ流れる、昭和の典型的な農村の姿がありました。藁葺き屋根に、 五右衛門風呂。かまどに囲炉裏。夏は”蚊帳”が必需品です。井戸は天然の冷蔵庫で、西瓜を冷やしてよく食べ ました。  そこでの私は、”昆虫採集”に”魚釣り”、夜は”蛍”と「いなか」を思い切り満喫していました。母の両親(私の祖父母) ・叔父・叔母に年長の従兄弟、みんな優しく接してくれます。牛小屋には牛が一頭、庭には鶏が数十羽放し飼いにされ、 えさと一緒に貝殻を啄ばんでいます。皆さん動物も家族のように扱って、愛情タップリに育てています。鶏もその恩に 報いるかのように毎日「たまご」を生み、朝食には必ず、その日の生み立てが、食卓にのぼります。この生みたてを 使った「タマゴ掛けご飯」に少年〈私)は魅了され、完全に「たまご」の虜になりました。  「たまご」は万能です。どんな料理に使っても裏切らない。”だし巻き”・”目玉焼き”・”ゆでたまご”・”スクランブル エッグ”等、「たまご」自身が主役になっているもの、”カツ丼”・”親子丼”・”他人丼”・”オムレツ”等準主役のもの、 また”雑炊”では味を調える役目をするなど、「たまご」自体を楽しむだけでなく、フライの「つなぎ」に使ったりと、そ の用途は、数限りなく有ります。  物心がついた時から偏食で、長じて若干ましにはなって来ましたが、基本的に苦手な食べ物が多い私にとっては 「たまご」は万能です。考えてみるとうどん屋さんでも、”カツ丼”・”親子丼”は頼んでも、”天丼”を頼んだことはあり ません。別に天ぷらが嫌いなわけではありません(むしろ好き)。無意識に「たまご」を求めている自分に驚くほどの 病的な執着。その原点はやっぱり、あの「タマゴ掛けご飯」に違いありません。  あれから50年、今ではあの藁葺き屋根もダムの底に沈み、優しかった祖父母や叔父・叔母も今年の叔父を最後 に皆さん亡くなりました。  でも”あの味”は、私自身今後も忘れることなく、生涯「たまご」を愛し食べ続けることだけは、間違いありません。 おわり 

経理部山口